破魔矢の歴史
「魔を破る矢」としてお正月に授与された破魔矢を自宅に持ち帰る風景は、
非常に馴染み深いですが、その起源については
案外知られていないので、解説いたします。
古墳時代の武人埴輪や壁画からも古くから武器武具として使用されていましたが、
最も古い記録としては、スサノオノミコトが天照大御神に別れを告げるとき
「千人の靭(ゆき)」
とあるのが初見で文献上は神話にまで遡ります。
※靭は、背中に背負って矢を入れておく武具のことです。
実際に儀式で用いられた記録としては「日本歳時記」正月の条に
年の始に童子の”破魔弓”とて射るは、治れる世にも武を忘れざる意なるべし。
但むかしは”射礼(じゃらい)”とて正月に内裏にて弓射る事のありしなり。
孝徳天皇の御宇に大内にて正月に弓をいさしむといふ事、古き文にもみえたり。
かかる事を下にうけていにしへは年のはじめに年長ぜる人も弓を射たりしにや
引用元: 「日本歳時記」正月の条
とある事からも恒例の朝議であった「射礼」に関係が深いことがわかります。
この射礼は清寧天皇の御代に始まり平安朝の初期になって毎年1月17日に紫宸殿の西方校書殿前(のちの建礼門前)で行われる恒例儀式となりました。
この儀式は練武のための儀式で、鎌倉時代まで行われましたが、その後廃絶となり江戸時代になって再興したのが
正月遊戯の「はま弓・はま矢」であり、上棟祭で用いられる「はま弓・はま矢」です。
更に、社頭で授与される「破魔矢」となって登場いたしました。
児童の遊戯「破魔弓」
「日本歳時記」、「嬉遊笑覧」にも記載されていますが正月に子供たちの遊戯として「破魔弓」が行われていました。
藁縄で円座のような丸い形を作り破魔矢の的として遊んでいました。
これが正月遊戯としての「破魔弓・破魔矢」です。
ところが元禄頃から贈答品になっていきました。
男の子が生まれた場合、弦を貼った小さな弓2張を立ててその間に矢を数本矢壺に入れて丸い台に盛ったものをお祝い品として送る風習が発生しました。女の子の場合は、「羽子板」に代わるんですが現在でもこの風習が残っている地域は存在しています。
上棟祭の「破魔矢・破魔弓」
棟上げの時、矢を付けた弓を建物の上部に取り付けてあるのを見たことがある方も多いのではないでしょうか?
この時の矢は、向かって右側の矢は鏑矢(かぶらや)を用い東北に向け天(斜め上)に向けます。こちらの矢を「陽の矢」又は「天の矢」と言います。向かって左の矢は、雁股(かりまた)で西南に向けて矢は地(斜め下)に向けます。こちらの矢を「陰の矢」又は「地の矢」と言います。これは鬼門(東北)・裏鬼門(西南)の邪霊を防ぐ意味があります。
※ 雁股(かりまた)は矢の先端が二股に分かれている矢です。
※ 鏑矢(かぶらや)は矢の先端に大根の蕪(かぶら)に似た鹿の角を付け穴を空け、射ると音が鳴るようにした矢です。
社頭授与の「破魔矢・破魔弓」
「弓矢八幡」という言葉があるように石清水八幡宮・鶴岡八幡宮の由来を紹介します。
弘安4年5月、元兵大挙して筑前沖に来寇するや、亀山上皇いたく御心を悩ませ給ひ・・・
「御本殿の御扉が闇夜に自然と開き”神矢”が筑紫の方向に飛来、異賊を亡ぼし給ふた
引用元: 石清水八幡宮
という言い伝えにより厄除け、災難除けとして破魔矢を社頭頒布するようになったと言われています。
後冷泉天皇の御代、源頼義が奥州征伐の帰途、神宝として「丹塗の弓、白羽の矢」を奉納して一家一門の隆昌を祈願した。今も同社に国宝として伝えられている
引用元: 鶴岡八幡宮
この由緒に基づいて白羽の矢を授与し、「守り矢」「神矢」「破魔矢」などと通称されています。
上記2社以外の神社でも、それぞれに由緒が残されていたりします。
これらの事柄が総合され破魔矢が社頭で授与されるようになり広がっていった現状があります。
破魔矢の意味
魔を破る意味
最初の1つ目は、魔を破る矢という名の通り、悪霊を破り邪気を退散させる意味があります。
「平家物語」に堀河天皇御悩みの時、源義家が紫宸殿の殿上で弦打ちを3度行い「前の陸奥国守源義家」と声高らかに名乗りを上げると、聞いている人は身の毛もよだち、堀河天皇の御悩みは快癒されたとあり、邪気を退散させる弓矢の威徳を称えた話とされています。
開運・招福の意味
現代も宮廷では皇子誕生の時には「読書鳴弦の儀」が行われます。
御誕生お七夜の命名の日に行われる浴湯の儀に読書役1名、鳴弦役2名がそれぞれ衣冠という装束を着用し「読書」と「弦打ち」を行う儀式です。
この儀式は平安中期から盛んに行われ現代もこの古儀が踏襲されています。
皇子に将来起こるであろう不浄災禍を除き、幸運幸福であられますようにと祈る儀式です。
一般人の間でも、この「弦打ち」が現代まで残っている地域があり弦打ちの際
「草も木も我が大君の国なれば、何処か鬼のすみかなるらむ」
と3度唱える風習が残されています。
破魔矢の意味をまとめると
これらのことから破魔矢の意味としては「邪気退散」「災難除け」「開運招福」にあると言えます。
破魔矢の形状
形状は別に決まっているわけではありませんが、故実では矢羽は「4枚」「3枚」「2枚」の3種類です。
鏑矢(かぶらや)や雁股矢(かりまたや)は4枚で、大きい羽と小さい羽の2枚づつで、理由は鏃が(やじり)が重いからです。
通常の矢は3枚羽で神宝や儀矢などは装飾なので2枚にします。
破魔矢の飾り方
破魔矢の取扱い方も決まっているわけではありませんが
お札同様、目線より高く清浄な場所である神棚などに飾るのが良いでしょう。
神棚が無いお宅の場合
我々も埃まみれで不潔なところで暮らしたいと思わないように
神様も清潔なところの方が好まれますので、お宅の中で相応しい場所を選ぶと良いでしょう。
最近は、破魔矢をお祀りするためのグッズも色々なものがあるので、活用してみると良いと思います。